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福島県二本松市の安達ヶ原、黒塚と呼ばれるこの地は、古来より人々の心に深く刻まれた伝説の舞台である。阿武隈川のほとり、安達太良山の南東麓に広がるこの原野は、四季折々に異なる表情を見せる。春には若草が萌え、夏には緑濃い木々が生い茂り、秋には黄金色の稲穂が風に揺れ、冬には一面の雪景色が広がる。しかし、この美しい風景の裏には、古くから語り継がれる鬼婆の伝説が潜んでいる。
平安時代の歌人、平兼盛は『拾遺和歌集』において、「みちのくの安達の原の黒塚に鬼こもれりときくはまことか」と詠んだ。この歌は、安達ヶ原の黒塚に鬼が潜んでいるという噂を耳にし、それが真実かどうかを問うものである。この歌が詠まれた背景には、当時からこの地に鬼が住むという伝説が存在していたことが伺える。 (kotobank.jp)
伝説によれば、かつてこの地には岩手という名の老婆が住んでいた。彼女は旅人を宿に招き入れ、夜になるとその命を奪い、生肝を取っていたという。ある日、熊野の山伏である東光坊祐慶がこの地を訪れ、岩手の正体を見破り、法力によって彼女を退治したとされる。この物語は、能の演目『黒塚』としても知られ、観世流では『安達原』と題されている。 (guignardbiwa.com)
現在、安達ヶ原には観世寺が建ち、境内には鬼婆が住んでいたとされる岩屋や、彼女が出刃包丁を洗ったと伝えられる血の池などが残されている。また、近くには鬼婆の墓とされる黒塚があり、訪れる人々に伝説の面影を伝えている。 (fukushima-db.com)
この地を訪れると、静寂の中に漂う神秘的な雰囲気を感じることができる。風が木々を揺らし、鳥のさえずりが響く中、古の物語が今も息づいているかのようだ。安達ヶ原の黒塚は、美しい自然と深い歴史、そして人々の想像力が織りなす、魅力的な場所である。