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岩木山の北東麓、りんご畑が広がる静かな地に、一本の古木が佇んでいる。その名も「鬼神腰掛柏(きしんこしかけかしわ)」と呼ばれるこのカシワの木は、推定樹齢700年、幹周り3.6メートル、高さ11メートルに及ぶ。幹の芯はなく、地上約1.9メートルの位置で枝分かれし、南側の枝先は地面に触れるほどに伸びている。その姿は、まるで大きな手を広げて訪れる者を迎え入れているかのようだ。 (city.hirosaki.aomori.jp)
この木には、古くから伝わる伝説が息づいている。昔、弥十郎という農夫が岩木山の大人(おおひと)、すなわち鬼と親しくなり、このカシワの木の下で度々会っていたという。鬼はこの木の股に腰を掛けながら、弥十郎に様々な知恵を授け、田畑を耕し、用水堰を造るなどして村人たちを助けたと伝えられている。以来、この木は「鬼神腰掛柏」として崇められ、大山祇(おおやまずみ)神社の御神体となっている。 (pref.aomori.lg.jp)
この地域では、鬼は恐ろしい存在ではなく、恵みをもたらす神のような存在として敬われている。そのため、節分の日には「福は内、鬼も内!」と唱え、豆まきをしない家庭も多い。また、鬼神社の鳥居に掲げられた扁額の「鬼」の字には、角を示す「ノ」の部分がない。これは、角のない優しい鬼を象徴しているのだ。 (kotsugaru.com)
この地を訪れると、古木の下で鬼と弥十郎が語らい、村の未来を思い描いていた情景が目に浮かぶ。風が枝葉を揺らし、遠く岩木山の頂が雲間から顔を覗かせる。時を超えて伝わる物語と、自然の息吹が調和するこの場所は、訪れる者の心に深い感動を与えてくれる。