広島原子爆弾 爆心地説明の碑

1945年8月6日の広島原爆爆発地点を記念する碑

この写真は、平和記念資料館の中の展示エリアを写しています。   Taka Shigeru

About

広島市中区大手町一丁目、かつての細工町と猿楽町が交差するこの地に立つと、時の流れが静かに逆巻くような感覚に包まれる。1945年8月6日午前8時15分、米軍機B-29「エノラ・ゲイ号」が投下した原子爆弾が、この上空約600メートルで炸裂した。その瞬間、約3,000度から4,000度の熱線と爆風、放射線がこの一帯を襲い、多くの命が一瞬にして奪われた。

現在、この場所には「原爆被災説明板」が設置され、訪れる人々にあの日の惨劇を伝えている。赤御影石の台座に取り付けられた陶板には、被爆直後の写真とともに、当時の状況が刻まれている。この説明板は、被爆の実相を後世に伝えるため、広島市内の現存する被爆建物や橋などに設置された45基のうちの一つである。 (city.hiroshima.lg.jp)

この地は、かつて能楽師や囃子方、能装束や楽器類の細工師が住む町として栄え、広島藩の文化の中心地であった。しかし、原爆によりその豊かな文化と歴史は一瞬にして消え去った。現在、原爆ドーム横では「爆心地鎮魂薪能」が開催され、かつての文化を後世に伝え、平和への願いを世界に発信している。 (takiginohhiroshima.wixsite.com)

説明板の前に立つと、被爆前の広島の賑わいと、原爆投下後の荒廃した風景が交錯する。この場所は、過去と現在、そして未来をつなぐ架け橋として、訪れる人々に平和の尊さと戦争の悲惨さを静かに語りかけている。