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京都市東山区の一角、松原通りを歩むと、ひっそりと佇む六道珍皇寺が姿を現す。この地は、かつて「六道の辻」と呼ばれ、現世と冥界の境界と信じられてきた場所である。寺の門前に立つと、時の流れが緩やかに感じられ、古の物語が静かに囁かれるようだ。
境内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは「迎え鐘」。この鐘は、かつて僧都が唐国に赴く際、三年間地中に埋めておくよう命じたが、寺僧が待ちきれずに早く掘り出して撞いたところ、その音が遠く唐国にまで響いたという逸話が残る。この鐘の音は冥界にまで届き、先祖の霊をこの世に呼び戻すと伝えられている。お盆の時期には、多くの参拝者がこの鐘を撞き、先祖への想いを馳せる。
本堂の裏手には、「冥土通いの井戸」がひっそりと佇む。平安時代の才人、小野篁が昼は朝廷に仕え、夜はこの井戸を通じて冥界へ赴き、閻魔大王に仕えていたという伝説が残る。井戸の前の敷石には、篁の足跡とされる窪みがあり、雨の日にはそこに水が溜まるという。この井戸を覗き込むと、底知れぬ闇が広がり、現世と冥界の境界を感じさせる。
境内には、閻魔大王と小野篁の像が安置された閻魔堂もあり、訪れる者に死後の世界への畏敬の念を抱かせる。また、寺の周辺には、幽霊が赤ん坊のために飴を買いに来たという「幽霊子育て飴」の伝説が残る店もあり、古都の風情とともに、数々の物語が息づいている。
六道珍皇寺は、ただの寺院ではなく、現世と冥界の狭間に立つ場所として、訪れる者に深い思索と感慨をもたらす。静寂の中に響く鐘の音、井戸の闇、そして伝説の数々が、時を超えて人々の心に響き続けている。