About
盛岡市名須川町の静寂な住宅街を歩くと、ひっそりと佇む三ツ石神社が姿を現す。鳥居をくぐると、目の前に三つの巨大な花崗岩がそびえ立ち、その圧倒的な存在感に息をのむ。これらの岩は「三ツ石様」として古くから信仰の対象となり、岩手県の名の由来ともなった伝説を秘めている。
昔、この地には「羅刹鬼」と呼ばれる鬼が住み着き、里人や旅人に悪事を働いていた。困り果てた人々は三ツ石の神に祈り、鬼を懲らしめてほしいと願った。神はその願いを聞き入れ、羅刹鬼を三ツ石に縛り付けた。驚いた鬼は「二度と悪さをしません。この地にも戻りません」と誓い、その証として三ツ石に手形を押して南昌山の彼方へと逃げ去ったという。
この伝説から、鬼が岩に手形を残したことが「岩手」という地名の由来とされ、また鬼が二度と来ないと誓ったことから、この地は「不来方(こずかた)」と呼ばれるようになったと伝えられている。さらに、鬼の退散を喜んだ人々が三ツ石の周りで「さんささんさ」と踊ったことが、現在の「さんさ踊り」の起源とも言われている。
境内に足を踏み入れると、三ツ石の神聖な雰囲気に包まれる。岩の表面には苔が生い茂っているが、鬼の手形が押されたとされる部分だけは苔が生えず、雨上がりの日などにはその痕跡が浮かび上がるという。年月の経過とともに手形は薄れてしまったが、今もなおその伝説を物語る証として人々の心に刻まれている。
三ツ石神社の御祭神は少名彦尊と稲荷大明神であり、医療の神と五穀豊穣の神として信仰されている。そのため、病気平癒や縁結び、商売繁盛などのご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れる。特に、三ツ石に触れて願い事をすると叶うという言い伝えがあり、訪れた人々は岩に手を当てて祈りを捧げる。
また、境内には樹齢260年を超える大ケヤキの御神木がそびえ立ち、その堂々たる姿は訪れる者に深い感銘を与える。盛岡市内でも有数の巨木であり、神社の歴史とともに時を刻んできた。
毎年8月に開催される「盛岡さんさ踊り」の期間中には、三ツ石神社でも奉納演舞が披露され、伝説と現代が交錯する特別な時間が流れる。鬼の退散を喜んだ人々の踊りが、今もなお受け継がれ、地域の絆を深めている。
三ツ石神社は、岩手県の名の由来となった伝説を今に伝える場所であり、訪れる者に深い歴史と文化の息吹を感じさせる。静寂の中に佇む三ツ石に手を触れ、古の物語に思いを馳せるひとときは、心に深く刻まれる体験となるだろう。