About
多摩川駅からほど近い田園調布の一角に、静かに佇む坂道がある。その名は「どりこの坂」。緩やかに曲がりくねりながら、緑豊かな田園調布せせらぎ公園の脇を通り抜けるこの坂は、まるで時の流れを忘れさせるかのような穏やかな雰囲気を醸し出している。
昭和初期、この坂の近くに「どりこの」という名の清涼飲料水を開発した医学博士・高橋孝太郎が住まいを構えたことから、いつしか人々はこの道を「どりこの坂」と呼ぶようになったという。それ以前は「池山の坂」と称されていたが、博士の功績とともに新たな名が定着した。 (city.ota.tokyo.jp)
「どりこの」は、果糖とブドウ糖を主成分とした琥珀色の滋養飲料で、ほんのりとした甘さが特徴だった。1931年には爆発的な人気を博し、年間220万本もの売り上げを記録したという。しかし、戦時中の砂糖統制令により製造が中止され、その名は歴史の中に埋もれていった。 (slope7654rk.blog.jp)
現在、どりこの坂を歩くと、片側には田園調布せせらぎ公園の豊かな緑が広がり、もう一方には静かな住宅街が続く。坂道は全長約130メートル、高低差3メートル、平均斜度1.3度と、穏やかな勾配で歩きやすい。途中で「く」の字に曲がるその形状が、道行く人々に変化をもたらし、飽きることのない風景を提供している。 (asa-ing.co.jp)
坂の途中、かつての博士の邸宅があった場所には、今もその面影を感じさせる静寂が漂う。周囲の住宅は広々とした敷地に建てられ、緑に囲まれたその佇まいは、まるで都会の喧騒から切り離された別世界のようだ。春には桜が咲き誇り、秋には紅葉が彩るこの坂道は、四季折々の表情を見せ、訪れる人々の心を和ませてくれる。
どりこの坂を下りきると、多摩川の流れが近くに感じられ、川面を渡る風が心地よい。かつてこの地で生まれた「どりこの」という飲料が、多くの人々に活力を与えたように、この坂道もまた、歩く人々に静かな癒しと活力をもたらしているのかもしれない。
歴史と自然が調和したこの場所で、過去に思いを馳せながら歩を進めると、どりこの坂はただの道ではなく、時代を超えて人々の記憶と心をつなぐ架け橋のように感じられる。静かでありながらも、豊かな物語を秘めたこの坂道は、訪れるすべての人にとって特別な場所となることだろう。